東京高等裁判所 昭和25年(行ナ)4号 判決
原告 中村治助
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は、「特許廳が昭和二十四年抗告審判第三十八号特許願拒絶査定不服抗告審判事件について昭和二十五年二月十八日なした審決はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次の通り陳述した。
原告は、陶磁性簾及び簾格子に依る百%放熱器を発明した。その発明の要旨は、陶磁性縁及び鍔を有する陶磁性簾及び簾格子の表裏に爪を設け電熱線をその爪や簾及び簾格子の表裏に廻曲這着捲廻縫着せしむることを特徴とし、その目的とするところは、耐熱絶縁性を帶べる陶磁性簾及び簾格子に依り電熱線よりの放熱を無障害に百%放熱せしめ、炊事暖房乾燥養鷄養畜恒温貯藏その他に轉用し得るのみならず、電熱線の断線事故にも電熱線の接触の漏電による感電の危險絶無なるものである。(甲第一号証明細書竝びに図面)、原告は、右発明につき昭和二十一年五月十三日特許出願(昭和二十一年特許願第二三九二号)をなしたところ、昭和二十三年十二月二十八日附を以て「右原告の本願発明は、昭和四年実用新案出願公告第九七八〇号公報により公知であつて、原告出願によるものが公知のものに比較して格別に有効であると考えられないから、本願発明は、特許法第一條の発明と認め難い。なお意見書で本願の発明の効果について色々と述べているが、特許請求の範囲に記載されてある本願の発明は、先に通知した拒絶理由にあるようにその新規性は認め難いから意見書の主張は採用出來ない。」との理由で右特許願を拒絶する旨の査定を受けたので、原告は、これに対し、昭和二十四年二月十四日抗告審判(昭和二十四年抗告審判第三十八号)の請求をなしたが、昭和二十五年二月十八日抗告審判の請求は成立たないとの審決を受けた。しかし特許廳が本願発明の特許を拒絶する理由に引用した電熱盤は、実用新案法第二六條に限定してある構造の実用新案であつて、同出願公告によれば、「図面の略解、図面は本考案電熱盤の構造を示す。第一図は其の平面図、第二図は要部の(B)(B)從断面図、第三図はターミナルの部分(A)(A)從断面図、第四図は碍管を用いたる場合の平面図、第五図は其の要部の從断面図を示すものにして、図面内同一符号は夫々同一又は相当部分を示すものとす。実用新案の性質、作用及効果の要領、本考案は上面及下面何れも同時に熱し得可き電熱盤において其の構造を改良して電熱線支(4)(5)を電熱線(3)(9)取付順序に從つて一つ置に上下より反対方向として壁(6)をして接続の用を爲さしむると同時に電熱線(3)(9)の挿入を容易ならしめ且つ電熱線(3)(9)の保持を確実にしたるものにして第一図及第二図は電熱線(3)(9)を支ふる熱盤(1)全体を陶磁器の如き耐熱絶縁材料にて製したる円盤状のものに二回線を挿入したる一例を示す。熱盤(1)の外側第一ターミナル孔(2)を通して外側熱線(3)を捲き始めて上向支(4)の上を通過したる後は下向支(5)の下を通し順次之を繰り返して上下何れにも偏せざる様適切に支へて約半回挿入したる後に壁(6)の渡溝(7)を設けたる所より次の「外側より第二の」溝に移り反対方向に向つて同様に下向支(5)の下及上向支(4)の上を交互に通過して約一回したる後最初と同様にして又反対方向即ち最初の方向に下向支(5)の下及上向支(4)の上を交互に通し約半回して外側第二ターミナル孔(8)に至るものとす、内側熱線(9)は内側第一ターミナル(10)を通して外側熱線と同様に挿入し内側第二ターミナル孔(11)に至るものとす、而して外側熱線(3)と交叉する所は第三図「第一回の(A)(A)断面」に示すが如く壁(6)にて安全ならしむるものとす。第四図及第五図は第一図及第二図と同一考案なる支枠(12)を金属の如き導体にて構成したる場合に於て其の上向支(4)の上及下向支(5)の下竝にターミナル部分等に夫々電熱線を通したる絶縁碍管(13)を電熱線取付の際挿入し其の支方は電熱線と上向支(4)及下向支(5)とにて互に関連して爲したるものなり、尚ほ必要に應じて鎖線にて示すが如く取付用突起(14)を適宜付加することあるものとす、本考案は前記の如き構造より成るを以て熱線の取付け取外し頗る便利にして而も其の保持確実なる特長を有し第三図及第四図の如き場合にも最初必要数量丈の碍管を嵌めて順次取付けの際上向支(4)及下向支(5)に嵌めこむことに依りて第一図竝に第二図の場合と同様に効果あるものとす。登録請求の範囲、本文に詳記し図面に明示する如く上面及下面何れをも同時に且つ同様に熱し得る様に電熱線を支持する熱盤(1)又は支枠(12)に於て電熱線支へ(4)(5)を上下交互に配置し壁(6)にて連結せしむると共に電熱線を直接或は碍管を用いて間接に保持せしむべくせる構造」であるところ、右実用新案の電熱器は、外側電熱線(3)及び内側電熱線(9)を芯円の前後の線状突壁の左右に附設してある半輪壁間の上下中芯帶の間隙内の上方及び下方にのみ放熱することは出來るが、電熱線の左右は、耐熱絶縁断熱性の陶磁器の半輪壁であるが故に、電熱線の左右は耐熱断熱性の絶壁であるから放熱は勿論蓄熱も傳熱も出來ない構造であるばかりでなく、尚図面第四図及び第五図に図示しその説明書に明記してある電熱器は長方形の金属枠格子(12)の内側内に耐熱絶縁碍管(13)を嵌め入れる所を上下及び傾斜(4)(5)(6)等に切り込んでその切込個所に耐熱絶縁碍管(13)を嵌め入れて碍管(13)内に電熱線を通じて金属枠格子(12)の内側内を電熱線を蛇行状に展張してあるから、電熱線の耐熱絶縁碍管の管入部は放熱が不可能であつて電熱線が過熱のため断線することは普通であり、金属枠格子が導電材料であり、電熱線が過熱断線して金属枠格子に接触すれば漏電し火災を招き、若しこれに触れる時は感電、電傷する危險な構造のものである。
また前記登録請求の範囲に「上面及下面何れをも同時に且つ同様に熱し得る」旨の記載は熱力学の法則に反し実驗法則を無視したものであり且つ右引例の如き電熱盤は電熱器用の陶磁器としては燒成不可能のものである。ところが原告の本願発明は耐熱絶縁性を帶びる陶磁性簾及び簾格子に依り電熱線よりの放熱を無障害に百%放熱せしめ暖房乾燥養鷄養畜恒温貯藏その他に轉用し得るのみならず電熱線の断熱事故にも電熱線の接触による感電の危險絶無なる電熱器を得るにあつて図面の略解は訂正明細書第一頁第十二行目より第六頁第六行目に亘り図面第一図より第三十八図に就てこれを解説し、発明の詳細なる説明は同じく第六頁第八行目より第八頁第四行目に亘り記載し、実施例は同じく第八頁第六行目より第二十六頁第十一行目に亘り第一例より第十五例までを詳細に記載して有るように、原告の本願発明は、前記引用例の電熱盤とはその構造、作用及び効果が全く違つて居り、新規の発明を構成するものと確信するので本訴請求に及んだ次第である。
被告指定代理人は、原告の請求棄却の判決を求め、その答弁として次の通り陳述した。
本願発明が新規の発明を構成するものであるとの点を否認する外その余の原告主張事実はこれを認める。而して本願発明が新規の発明を構成するものでないことは以下説明する通りであつて、原告の本訴請求は失当である。思うに、原告の発明の要旨は、原告の主張しているように電熱器において陶磁性縁及び鍔を有する陶磁性簾及び簾格子の表裏に爪を設け電熱線を簾及び簾格子の表裏に廻曲這着捲過縫着せしむることを特徴として陶磁性簾及び簾格子に依り百%に放熱させようとするものである。換言すれば、電熱器の熱盤を格子状のものとなし、これに爪を設け、電熱線を格子の孔をくぐらせて表裏に現われるようにからませ爪に引掛けて接触しないようにし、熱が上面及び下面にも十分行き亘るようにしたことを特徴としたものと解せられる。ところで昭和四年実用新案出願公告第九七八〇号の公報の第一図第二図に示された電熱盤は、全体を陶磁器の如き耐熱絶縁材料で製した円盤状のものに同心状の溝孔(説明書には單に溝と記載してあるが図面及びその説明から判断するに、これは明らかに透孔となつているもので溝状の孔と解するのが至当である)を設け、これに電熱線を廻曲這着せしめ且該電熱線は上面と下面に同様に放熱させるように同心円状の溝孔間の支えを一つ置きに交互に上向及び下向になるようにからまし(縫着)したものである。然らば両者は電熱器の熱盤を目皿状に構成し、これに電熱線を表裏に現われるように廻曲縫着し熱盤の上下方向に放熱させるようにした思想において全く一致している。從つて引例が本願出願前公知になつている以上本願発明は新規の発明を構成するものとは言い得ない。
次に原告発明のものは、熱盤が簾又は簾格子状となつていて、その表裏に爪が設けてあるのに対し引例のものは同心円状の溝孔になつていて掛爪がないと言う点で構造上の相違があると言えるが、このような熱盤において網目を簾格子状となす観念は同じく前記引例の第四図にも示してある通り公知の事実であつて簾格子状とするか、同心溝孔状となすかは当業者の必要に應じて容易に実施し得る設計変更の程度に過ぎない。又電熱線が外れたり、接触したりしないように掛爪を設けることも電熱器の熱盤としては常套手段で巷間にある電熱器の熱盤を見れば殆んどこのような爪が設けてあるから、これまた新規の思想とは言い得ないのである。
又その作用効果の点については、両者はいずれも電熱線を熱盤の両面に現われるように縫着してあつて熱盤の両面を熱するようにしたものに外ならず、從つて本願発明の特許請求の範囲の記載竝びにこれを実施した第六図第七図のものから判断するに、引例の登録請求範囲に記載してある如く「上面及び下面いずれをも同時に熱し得る」ものとなるに違いなく、又本願発明のものを実驗した結果上面と下面の温度が異つたとなれば引例のものも、これと同様の作用をなすことは明らかである。引用のものが実驗の結果上面と下面の温度が異るということを証明するため原告が本願発明の熱盤のものを使用して実驗した結果を以て判断しているのは、取りも直さず、本願発明のものと、引例のものが同一の作用効果を奏するものであるとの前提の下に行つたものに外ならず、即ち自ら引例のものと本願発明のものとは同様な作用効果を奏することを是認したものと認められる。
次に原告は前記引例のものの作用即ち「上面下面いずれをも同時に且同様に熱し得る」という作用は実驗上成り立たないと主張するが、電熱器を平に置いて十分間も放熱せば空気の対流によつて下方の熱せられた空気は軽いから上に昇り、熱せられない空気は重いから下に降りるから、熱源から相当離れた点の上下においては同一の距離であつても上の方は暖い軽い空気が集るから上方の温度が下方のそれより高いのは当然で、もつと熱盤に近い所の両面における温度差を比較すれば殆んど大差なく同様に熱し得られると言つて差支ない。
更に原告は引例の第一図のような熱盤は経済的に燒成困難であることを証明しようとしているが(甲第五号証)、このような目皿が現在の窯業技術で左程困難とは考えられない。むしろ原告の発明による熱盤の方が格子状になつていて目が疎であると言つても、その表裏に多数の掛爪を突設してあるから引例のものより遙かに構造が複雜で製作がむづかしく経済的でないとも考えられる。逆に言えば本願発明のような熱盤が経済的に燒成出來るならば引例の熱盤も経済的に燒成出來る筈である。しかし熱盤を格子状にするか引例のようにするかは特許的に見れば先に説明したように問題にならないものである。
これを要するに、本願発明は原査定竝びに原審決に引用された昭和四年実用新案出願公告第九七八〇号の公報に示されたものとその構想を同じくし、容易に着想し得べきものであり且つ又その工業上の効果においても格別著大なるものがないから新規の発明とは認め難く原審決は妥当のものである。
(各証拠省略)
三、理 由
本願発明が新規の発明を構成するものであるとの点を除きその余の原告主張事実については当事者間に爭がない。よつて本願発明が新規の発明を構成するものであるかどうかについて判断する。
成立に爭なき甲第一号証によれば、原告の本願発明の要旨は、電熱器において陶磁性縁及び鍔を有する陶磁性簾及び簾格子の表裏に爪を設け、電熱線を簾及び簾格子の表裏の爪や簾及び簾格子の表裏に廻曲這着捲廻縫着せしむることを特徴とし、耐熱絶縁性の陶磁性簾及び簾格子に依り百%の放熱を起させようとするもの、換言すれば電熱器の熱盤を格子状のものとなし、これに爪を設け、電熱線を格子の孔をくぐらせて表裏に現われるようにからませ、爪に引掛けて電熱線が互に接触しないようにし且つ電熱線の上下を開放して熱が熱盤の上面丈でなく下面にも十分行き亘るように考案したものであることが認められる。ところで他方成立に爭なき乙第一号証によれば、原告の本件出願前において既に電熱盤なる実用新案が昭和四年実用新案出願公告第九七八〇号を以て昭和四年八月二十九日に出願公告になつて居り、その公報に記載せられた図面の略解、実用新案の性質作用及び効果の要領、登録請求の範囲が原告主張の前記事実摘示に掲記した通りのものであるが、右電熱盤は、要するに全体を陶磁器の如き耐熱絶縁材料で製作した円盤状のものに数重の同心円の溝孔を設けこれに電熱線を廻曲這着せしめ且つ電熱線の上下を開放してその上面及び下面に同様に放熱させるように同心円状の溝孔間の支えを一つ置きに交互に上向及び下向になるように縫着さしたものであることが明かである。
そこで右原告の本願発明と前記実用新案にかかる電熱盤とを彼此対照して考えるに、両者は共に電熱器であつてその熱盤を目皿状に構成し、これに電熱線を表裏に現われるように廻曲縫着し且つ電熱線の上下を開放して熱盤の上下両方面に放熱させるように考案せられて居り、その着想たるや全く同一であつて原告の本願発明は前記引例が本願出願前公知になつている以上新規の発明を構成するものとは判定し難い。もつとも原告発明のものは熱盤が簾又は簾格子状となつていて、その表裏に爪が設けてあるのに対し引例のものは同心円状の溝孔になつている掛爪がないという点では構造上の相違あるも、電熱器の熱盤において、網目を簾格子状となす観念もまた前記引例の電熱盤に取り入れられて居る公知の事実であることは右乙第一号証に徴し明かであり、綱目を同心溝孔状となすか、簾格子状となすかは当業者の必要に應じて容易に実施し得る設計変更の程度に過ぎないものであり、掛爪を設ける如きことも電熱線を廻曲縫着せしむるに当り容易に着想し得るものであることは言をまたないところであるから、右の如き構造上の相違は未だ本願発明に新規性をもたらすものとはなし難い。
次にその作用効果の点について考察するに、両者はいずれも電熱線を熱盤の両面に現われるように縫着してあつて熱盤の上下両面を熱するように考案せられたものであることは前認定のとおりである。しかるに原告は引例の電熱盤においては電熱線の左右は耐熱断熱性の絶壁であるから電熱線の左右への放熱は勿論蓄熱も傳熱も出來ないし、電熱線の耐熱絶縁碍管の管入部は放熱が不可能で電熱線が過熱のため断線することは普通であり金属枠格子が導電材料であり、電熱線が過熱断線して金属格子に接触すれば漏電し火災を招き若しこれに触れる時は感電、電傷する危險な構造のものである。又前記引例の登録請求の範囲に「上面及下面何れをも同時に且つ同様に熱し得る」旨の記載は熱力学の法則に反し実驗法則を無視したものであると主張するけれども、仮に同心溝孔状の前記電熱盤がそのように放熱が不十分にして又断線の危險があるとしても、これを半輪壁なき簾格子となし、断線の危險なきよう細部に改良を施すことはこれまた当業者において容易に実施し得る範囲に属するものというべく、また上下両面に放熱する電熱盤を平に置いて十分間も放熱せば空気の対流によつて下方の熱せられた空気は軽いから上に昇り、熱せられない空気は重いから下に降るから、熱源から相当離れた点の上下においては同一の距離であつても上方は暖かい軽い空気が集るから温度が下方のそれより高いのは当然で、熱盤に近くなればなるほど両面における温度差が少くなり大差なく同様に熱し得るに至るものなることは容易に首肯し得られるところで、乙第三、第六、第七号証の如きは却つて両者の作用効果が同一なることの証左とこそなれ、その異なることを認めしむる資料とはなし難くその他にはこれを認むるに足る何等の証拠もない。
尚原告は右引例の如き電熱盤は電熱器用の陶磁器としては燒成不可能である旨主張するが、乙第五号証(ロ)によるも同心溝孔状の右電熱盤の燒成は経済的に困難なることを窺い得るに止まり窯業技術的に燒成不可能なることはこれを認め得べき何等の証拠もない。しかし仮令円心溝孔状のものの燒成が経済的に困難であつて簾格子状のものが経済的、技術的に燒成が容易であるとしても、本願発明がこの点において新規性を持つに至るものとなし難いことは、前段説明するところにより明かであるから、原告の右主張は理由がない。
以上要するに、本願発明は、原査定竝びに原審決に引用された昭和四年実用新案出願公告第九七八〇号の公報に示されたものとその構想を同じくし、容易に着想し得べきものであり且つ又その工業上の効果においても格別著大なものがないから、新規の発明とは認め難く、特許法第一條に規定する要件を具備しないものゆえ、同一理由の下に特許廳の拒絶査定を是認し原告の抗告審判請求を棄却した特許廳の本件審決は相当である。
從つて右審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第九十五條第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奧野利一)